■ポリゴンD(デリート)
Bの書く文章が好きだった。
アニメが放送されて、ハマった作品があった。それで二次創作漁りをして、Bの文章をたまたま読んだのだ。
だから私が二次創作を始めたのはだいたいBのせい。
それからはとても楽しかった。二次創作友達が増えて、推しカップリングについて盛り上がって、アニメが終わっても原作で新展開がある度に私たちは夜が更けるまで話し合った。
特にBとCには仲良くしてもらった。好きなキャラとカップリングも一緒だったし、同人誌即売会があれば一緒に行き、時にサークル参加したし、終わったら一緒にアフターをした。
だが、ある時、Bが書く事をやめてしまった。
Bはずっといやがらせに遭っていた。
毎日メールが来る。
「へたくそ」
「死ね」
「お前のは全部パクり」
「まじで投稿するのやめてくれない?」
「小説とか絵の描けないやつのやることだし」
そんな心無いメールが、毎日毎日、複数のアドレスから送られてくるのだ。
それだけじゃない。
創作SNSでせっかく貰った評価タグ、例えば、
「○○100users入り」
「愛がなければ書けない」
「ポッポ肌」
「目からハイドロポンプ」
そんな評価タグも一晩で消し去られてしまうのだ。
最初は私とCで励まして、なんとかBも続けていた。
「きっと、アンチよ」
「地雷カップリングを攻撃してるのね」
「でも気にする事無いよ」
「スルーしてればいいんだよ」
そう言ってCと二人で励ました。
けれどついに、彼女の心は折れてしまった。
Bはジャンルからいなくなった。
ネットにあげた作品をすべて消してしまった。アカウントも消してしまった。オンリーがあってももう彼女のサークル名はどこにも見当たらなかった。
Bの書く文章が好きだった。
私は犯人を憎んだ。
Bの筆を追った犯人、ジャンルから追い出した犯人を。
私が151ちゃんねるのオカルト板に出会ったのはそんな頃だった。
そこには不思議で怖い話がたくさんあった。
鳥居を潜ったら、鳥居をもう一度潜って出ないといけない話。
ある日突然、ポケモンがしゃべった話。
タブンネを殺してはいけない話。
バトルサブウェイのあるはずの無い車両の話、あるはずの無い駅の話。
ミレアでタクシーの無賃乗車をすると魂を運ばれてしまう話。
GTS経由で交換され続けている、という何でも盗んでこれるというブラッキーの話……。
もともと怖い話は好きだった私は貪るようにそれを読み漁った。
そしてある時、私は思いついたのだ。
都市伝説を作ってやろう。
ネットのいやがらせ、創作クラスタの敵、それをやっつけてくれる存在を創ろう。
せめて作り話の中だけでも、復讐してやるのだ……。
そう思い立ってから、私の執筆速度は尋常じゃなかった。
まるで何かが憑いたみたいに、私はキーボードを叩き続けた。
ポリゴンD(デリート)。
私はそれに名前をつけた。
ネット上の事だから電脳空間を自由に行き来できるポリゴンが良いと思った。
Dの姿はポリゴンZに近い。
タイプはノーマル・ゴーストだ。
その容姿もゴーストらしくより不気味に設定した。
ポリゴンZはもともと異様な姿をしている。
ぐるぐるの目玉、胴体から寸断された首と両腕。
ただでさえ首ちょんぱだとかバクってるとか言われているその姿をもっと異様にしてやった。
もともと赤・青・赤で構成される胴体の青い部分をぽっかりと空洞にして虚にしてやったのだ。
寸断された胴の上下からはデータが溢れ出している。
ポリゴンDは虚ろだ。
いつも空腹で満たされない。
獲物を求めて電子空間を彷徨っている。
その獲物は同じく虚ろな人間達だ。
気に入らないカップリングの作者や、自分より評価の高い創作者、ランカー、そして何よりちょっと目立つから気に入らない奴……そんな人たちに嫉妬していやがらせメールを送ったり、ダミーアカウントを使って攻撃したり、151ちゃんねるで悪口を書いたり……。
そんな事をしているとポリゴンDがやってくる。
ポリゴンDの得意技は「はかいこうせん」。
最初は犯人のいやがらせメールやいやがらせコメントを「はかい」して食ってしまう。
やめなければ、アカウントを「はかい」して食う。
SNSアカウント、メールアカウント……それでもやめなければ……。
だんだんとその味を覚えたポリゴンDは、発信源であるあなた自身を「はかい」しに行くだろう。
あなたが何十個目か目の新しい嫌がらせ用のアカウントでメールを送ろうとしたその時、突然ディスプレイが暗転する。暗い画面から二つの目。
バグったようなぐるぐるの目。
目があった時はもう遅い。
ディスプレイからは「はかいこうせん」が放たれて、リアルの存在であるあなたは「はかい」される。
「はかい」されたあなたはもう、リアルのどこにも存在せず、ネット上にしか存在しないデータとなってポリゴンDに食われてしまうのだ。
けれどポリゴンDは満たされない。
食べても食べても胴からデータが溢れ出して出ていってしまうから。
そしてポリゴンDは次の獲物を求め、ネットの海を彷徨い続ける。
中途半端に消化され、胴からあふれ出て散り散りになってデータはもう二度と一つには戻らない。
いずれ消えゆくのを待つ定めだ。
稀に、誰の保存用のファイルを置くデータストレージに漂流して紛れ込む事があるらしい。
もし、これを読んでいる人達がデータストレージで見かけないデータを見かけたら。
それは存在を「はかい」された誰かのデータの切れ端かもしれない……。
作り話を書き終えた頃、時刻はとっくに深夜の二時を過ぎていた。
151ちゃんに書き込みをすると眠気がどっと襲ってきた。
私は机に突っ伏して寝息を立てはじめた。
感情を吐き出した事で満足した私は、それ以降は不思議とオカルト版を見なくなったし、自分が作った都市伝説の事も忘れていた。
というのも、来月にはイベントを控えていて、それどころではなかったのだ。
Cと合同で本を出す事になていた。原稿を落とすわけにはいかなかったのだ。
だから、イベントが終わってから、chirutterにRTが回ってきた時は面喰らってしまった。
「地雷カップリングに噛みついたり、いやがらせメールをしたりする人、時々いますよね。でも気を付けてください。そんなアカウントは次々にポリゴンD(デリート)に消されています。知り合いも消されました。覚えのある方は悔い改めて下さい。みなさんも消されないようにお気をつけください……」
まじかよ。
私は思わず吹き出してしまった。
私がオカルト板に投稿した創作物である都市伝説、それにまさかこんな形で再会するなんて。
ポリゴンDで検索をかけてみる。するとかかるかかる。
大量のツイートが引っかかった。
「知り合いのアカウントが消えたんだけどwwwついにポリゴンDに消されたかwww」
「ジャンルで問題を起こしていたあいつのアカウント消えたらしい。ポリゴンDの仕業かな」
「ポリゴンD仕事早いなwww」
「ポリゴンD描いてみた」
「月光Pです。今話題のポリゴンDで新曲作りました #smilemovie」
しばらく見ないうちにポリゴンDは成長していた。
存在は書かれ、広がり、描かれ、広がり、歌われ、また広がっていた。
これは創作。151ちゃんに書いたただの作り話。
けれどポリゴンDは命を持っていた。
このネットの海の中、私のキャラクターはたしかに命を持っていたのだった。
Cと連絡がとれなくなったのは、それから一か月後の事だった。
突然、タイムラインからCがいなくなった。
最初はリムーブされたのかと思った。だがアカウントそのものが消えているようだった。
普段は見ていない彼女のサブアカも検索してみたのだが、かからない。
創作SNSのアカウントも停止されていた。
メールもすべて戻ってきてしまう。
イベントの時くらいにしか使わない携帯にかけてみた。
だが、
『この番号は現在使われておりません』
電子音が無情に告げた。
そして、数か月後のイベント。
Cはとうとう姿を現さなかった。
もしかしたら、と淡く期待していたが、何かが冷めた。
それ以降、私は急激にCへの興味を失っていった。
BもCもいなくなってしまったけれど、アニメの二期もあって、新しい友達もできた。
推しカップリングもまだまだ熱いし、作りたい話もたくさんあるのだ。
二か月後にはまたオンリーもあるし原稿を進めなくちゃ。
今度は温めていたシチュエーションで、書くんだ。
そんなある日、原稿も進んだからバックアップを取ろう思って、私は久々にオンラインのデータストレージにアクセスした。
万が一、パソコンのデータが消えてもいいように、原稿をここに入れているのだ。
「あれ?」
私は声を上げる。
小説のレイアウトテンプレートやメモや書きかけの原稿に混じって見慣れないテキストファイルが混じっていた。
○○ ○○子.txt
ああ、これCの本名だわ。
私は久々にその存在を思い出した。
たぶん、サークルチケットを融通した時に住所をメモったやつだろう。
だが今はもう不要だ。
私はそれを右クリックすると中身も見ないで削除した。
○
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