●試しのイシツブテ

 カントー地方はハナダの北東のおつきみ山には宝泉寺という寺がある。洞窟にほど近いその古刹の周辺にはその昔、「もちあげつぶて」と呼ばれるイシツブテがいたらしい。
 なんでも何か願いごとがある時、そのイシツブテを持ち上げてみると叶うかどうかが分かるのだそうだ。見事持ち上げる事が出来れば願い事は叶うし、叶わない時はまるでゴローンのごとく重くなっててこでも動かないという。
 また、ジョウトのエンジュにも似たような事例があり、こちらは「おもかる石」と呼ばれている。稲荷神社に生息するイシツブテを持ち上げる事で願い事成就の行方を占うというもので、イシツブテを持ち上げてみて思っていたより軽ければ願い事が叶い、想定より重く感じれば叶わないという。ただし、イシツブテも気紛れで、その場にいたりいなかったり、あるいはいても持ち上げさせてくれるかは別の問題だ。境内にはポケモンでない普通の石の「おもかる石」もあるのだが、イシツブテを用いた占いのほうがより当たるなどと言われ、参拝客はイシツブテを持ちたがる。
 このような占いに用いられるイシツブテを「試し石」「試しのイシツブテ」などと言い、上記に挙げた二例の他にも似たようないわれを持つイシツブテが全国各地に存在している。その中にはゴローンを神使兼試し石としている神社もあり、さすがに持ち上げるのは厳しいので押して動けば願い事成就となっているが、それでも厳しい。その存在はまるで「そう簡単に願い事なんか叶わないよ」と諭しているようでもある。
 もっとも百キロ以上あるゴローンも参拝者の手持ちポケモンに格闘ポケモンがいればかわりに持ち上げてくれるだろうし、手持ちのポケモン全員で押せばなんとかなる場合もあるだろう。一人で叶えられる願い事は少ないから、みんなで力を合わせなさいという事なのかもしれない。


●船玉様

 航海の安全は、今も同様であるが昔の人々の切なる願いであった。現代でこそ船が沈んだりする事例は少なくなったが、今も昔も海を渡るとか猟に出ると言えばそれは命掛けの行為である事には変わりない。そんな猟師達に信仰されてきたのが船玉様だ。船大工が新しく船を造る時、そのご神体は女性の毛髪を束ね玉状にしたもので、船の中央の帆柱の下などに、はめ込んだという。人形(ひとがた)だったり、さいころ二個などである場合もあったらしい。そしてホウエン地方の一部などはカゲボウズの形の張り子や木彫り像などを船玉様のそれとしたという記録がある。ご存じの通り、カゲボウズは憎しみ、怒り、恨みなどの負の感情を喰らうとされており、船を襲い、自分達の仲間にくわえようとする船幽霊から、護ってくれると信じられていた。海上で万が一、船幽霊に出会ってしまってもカゲボウズがそれらの霊の恨みを忘れさせ、成仏させてくれると考えた訳である。
 尚、用途や目的異なるが、西欧の航海士達の間ではマッギョが大人気だったという。船底について貰えれば電撃で船底をかじるサメハダーや海のゴーストであるブルンゲルを追い払ってくれるから、という事らしい。お守りとして船底にマッギョのレリーフをつける事もあったようだ。


●キルリアの成人儀式

 キルリアが成人してサーナイトとなる為にはトレーナーの生命エネルギーが必要である。
 ラルトス族が人間の前に現れるのはそういった目的があるからなのだ。
 時々、草むらでひからびたトレーナーの遺体が見つかるのは成人儀式のドレインキッスに耐えられなかった為である。
 尚、死体は干からびながらも皆、満ち足りた表情であるという。


●アゲハントの好きなもの

 アゲハントは花の蜜や樹液を好むと言われるが、本当の好物は人間の血である。長い口を突き刺して血をすするのだ。
 ことに死体が野ざらしにされていた戦国時代などには、血の味を覚えてしまったアゲハントがたくさんおり、ポケモンや人間を狙って怖れられていたという。


●黒いバタフリー

 公害。そういうものが発生した時代があった。
 ある地方では科学工場から黒煙を空に吹き出しつづけた結果、その灰が周辺の森に大量に降り注いだ。
 灰をかぶったトランセルからは黒い羽のバタフリーが羽化したという。
 黒いバタフリーは異常な繁殖力を示し、数年のうち空を黒いバタフリーが覆い尽くした。
 そのりんぷんは猛毒で、黒バタフリーが通った後の町は死の町と化したとう。


●ラプラスと少年

 水族館で少年が不法侵入で逮捕された。
 彼の狙いはラプラス。水族館ではラプラスの歌が名物で歌声を目当てにたくさんの人がつめかけていた。
 一方、少年はこう証言する。
「ラプラスはずっと助けを求めていた。助けて、助けて、ここから出して、と歌っていた。僕だけにはわかったんだ」
 尚、話の枝葉が広がってこのような噂がある。
 少年は釈放された後にトレーナーになった。研鑽して8つのバッジを集めた彼はその足で水族館へと向かい、建物、水槽を破壊し、ラプラスを奪取した。そして今も少年はラプラスと旅をしている……。
 そんな話を少年はすると、海に向かって口笛を吹いた。現れたのはラプラスで、少年は飛び乗った。私は何かを聞こうとしたけれどうまく言葉にならなかった。そうして彼らは水平線の向こうへと消えていった。


●何百回と何十回目

 トレーナーAは優れた能力を持つイーブイを出す為に生ませては投棄を繰り返していた。
 投棄につぐ投棄の末、念願のイーブイが生まれた。
 するとイーブイがニヤリと笑って言った。
「マスター……これで五百八十六回目ですね。今度は僕の事、捨てないですよね?」


●鎧鳥のはじまり

 合戦の後、というのは死人の身ぐるみをはぐ絶好の稼ぎ場であったが「鎧鳥に襲われるから」と言って昔の人々は戒めた。
 ある町の言い伝えによれば合戦後に身ぐるみをはぎにいった野盗が見たのはオニドリル達であった。彼らは死体から剣や槍を奪い取ると自らの翼に刺していた。これが「エアームド」というポケモンが生まれた最初である、という。刀には死者の怨念が宿っているから彼らに見つかると鋼の翼で首をはねられると云われる。
 こんな話もある。とある国で謀反の企てがあった。その企みをたまたま聞いていたオニドリルは城の武器庫に入ると、刀や槍の刃をすべて自らの翼に刺し、ごっそりと持ち出してしまった。オニドリルはエアームドとなってどこかへ飛び去り、結果謀反は失敗に終わったという。


●フシギバナから生まれた子

 ある夫婦は子に恵まれずに悩んでいた。
 地元の産婆に相談すると、夫婦で花を育てなさいと言う。毎日の水の代わりに交互に二人の血をかけて育て、花が開いたらその花粉をフシギバナのメスの花に受粉させなさい、と。二人は言われた通りに花を育て、フシギバナに受粉させた。
 するとフシギバナの花が閉じ、幾月かののちに再び開いた。中には人間の赤ん坊がいて鳴き声を上げた。その瞳はフシギダネのように赤く、二の腕にもフシギダネの模様に似たアザがあったという。その子供は植物と会話する事が出来た。故に農作業を手伝うようになってからは村一帯に豊作をもたらした。
 これは私のおじいさんから聞いた百年くらい前の話である。


●吸血樹

 森でコノハナに出会った。人語を操るコノハナだった。
「私が人間だった頃は半兵衛という名前だった。私は燈火ヶ原で討ち死にした。私が力尽きた処には一本の樫の木が生えていた。私の血を吸って樫の木は実をなし、タネボーとして生まれ落ちた。コノハナになってこうして口を利けるようになったのだ」
 コノハナはそう語ると森の奥へと消えていった。
 彼を生み落した血を吸う樫の木は今でもトウカのどこかに生えているという。


●変化(へんげ)するしゃれこうべ

 ポケモンにおいてある種族が何かの条件を経て、まったく別種のポケモンになる、いわゆる「変化(へんげ)」が信じられている例は世界中に存在する。
 例えばカロスの一部ではメブキジカは寿命が近づくと育った森の日あたりがいい場所を選んでうずくまり、眠るようにその生涯を終える。やがてその亡骸からは樹が生える。その樹が千年生きるとゼルネアスになると、信じられている。
 また、ホウエンの一部地域ではケイオウオが二百年生きたならばカイオーガになる、と信じている人々がいたという記述がいくつかの文献に散見される。
 更にホウエンのとある島ではその「変化」が風習化されている。
 その島では人やポケモンが死ぬと葬儀の後に首を切り落とし、胴体とは別に庭に埋葬する風習がある。百日目にしゃれこうべとなった首を掘り出し、黒い服を着せ、祠へ祀る。そうするとヨマワルとなって、子孫を守ってくれると信じられていた。今ではめったに行われなくなったが、今でも島の祠ではたくさんの服を着たしゃれこうべを見る事が出来るという。
 島の昔話によれば、昔この島に仲睦まじい若夫婦がいたが、妻は病弱で先立つ運命にあった。お前なしでは生きていけないと嘆く夫に妻は言った。
「私が死んだらその首を切り落として、墓には入れず庭に埋めてください。そうして百日目にしゃれこうべを掘り出して服を着せるのです。そうすればずっと貴方の傍におります」
 これが島における風習の始まりだという。