二度桜


 ホウエンで、桜は二度見られる。

 一度目は山の桜。
 三月下旬に見られる木に咲いた桜だ。
 古来より豊縁人は山の桜を楽しんだという記録が地の民の記録に遺されている。
 土地の支配者達は、しばしば山に桜を植えさせた。
 大きなポケモン達に桜の苗を運ばせて、木を司るポケモン達に育ませたということだ。
 それは自身が愉しむ為であり、民に力の大きさを示す為でもあった。
 彼らは言う。
「我々は一番先に桜を楽しめるのだ」と。
 薄い紅に染まった山を背景にして彼らは語る。
 
 そして、二度目は海の桜。
 山の桜が散ってしまった頃、海に桜が舞うのだ。
 海の民はそれを花弁魚と記している。
 花弁魚は今で言うラブカスである。この時期、繁殖期を迎えたラブカス達は群れをなして、浅瀬に集まってくる。この時期の彼らは婚姻色と呼ばれるいっそう鮮やかな色に染まっており、一年の中で最も美しい。そんな彼らが集まると海が鮮やかに染まるのだ。
 そんな時だけ、彼らは漁と渡り以外で船を出す。
「二度目の桜は、山の桜より鮮やかで美しいのだ」
 花弁に染まった海を背景にして、そう彼らは語る。


 陸と海には共通の言い伝えがある。
 山から流れてきた桜の花びらが花弁魚になるのだ、と。
 そう彼らは長い間信じてきた。
 実際、陸地から流れ込んだ栄養が、海の生き物を育てていることを考えれば、あながち間違いではないだろう。

 そして今、ホウエンの人々は年に二度の桜を楽しんでいる。




/ 02 ある裏山の話