●バスターミナル



 待つというのは苦痛だ。
 雨の日とか風が強い日とかは特に。

 私の通勤先は最寄り駅からすこしばかり離れていて、 そこにたどり着くためには電車の次にバスに乗らねばならない。 駅の階段を下りるとバスターミナルがあって、そこでバスが来るのを待つ。
 ところがそのバスを待つ時間ときたらやたらと長い。とにかく長い。
 週に五日がいつもそうなのだ。




 私の週に五日とはだいたいこんな感じだ。


 月曜日、一番いやな日。
 なんたって昨日まで休日だったわけだから朝出てくるのからしてダルい。
 そしてバスが来るのが遅い。いつまで待たせるんだ。


 火曜日、やっぱりダルい。
 勤務先の途中に学校があるのだが、そこの学生のおしゃべりがうるさいのなんのって。
 ムダに声もかん高くて頭に響く。
 バス、はやく来ないかな。


 水曜日、体が順応したものの退屈。
 しかもとなりのオヤジがタバコぷかぷかふかしてるし。 その匂い嫌いなんだって。っていうかこんなところで吸うなよ。
 ついでにバス来ないし。


 木曜日、雨が降ってる。
 隣の奴の服がびしょびしょ。ただでさえ寒いのに余計に寒い。
 やっぱりバスは来ない。


 金曜日、明日は休みだ!
 明日の休日に思いをはせながら退屈な時間をすごす。退屈な時間とは長く感じるものだ。
 例によってバスは来ない。



 そして、待ちに待った土曜日!
 今日はあの退屈な時間をすごさなくていいのだ。
 家で寝るか? それとも遊びに行こうか? とにかく天国だ。
 朝は遅く起きてそれから予定を考えることとしよう。


 ……のはずだった。のはずだったのに。
 出勤する用事ができてしまった。



 土曜日、不本意ながらもバスターミナルに立つ。

 いつもどおりバスは遅かった。
 ただいつもと違うのは、うるさい学生もたばこをふかしてるオヤジもいないということだ。 雨も降っていなくてあたたかいし、それが救いだ。

 平日とはちがうバスターミナル。
 ふと斜め前方を見ると見慣れない少女がバスを待っている。

 その少女は十代のはじめといったところだろうか。 髪は長くて、白い服を着ていた。それが日の光を反射してなんだかまぶしかった。
 気になったのは少女の視線の先だ。ひたすら上を見ているように私には思えた。



 何が見えるのだろうか。

 私は少女の視線の先を追った。



 視線の先は空だった。


 どこまでも晴れ渡った青い空。
 近くのビルに目をやると、窓のガラスのひとつひとつが空を映しとって青く輝いている。

 そこにいくつもの影がすっと横切った。

 たぶんこのへんをねぐらにするポッポたちだ。 ポッポたちが空を映すビルの、青のスクリーンの上をを上昇してゆく。 むこうへ飛んだかと思うと方向を変えて元に戻る。
 その動きを追って空を見上げると翼の隙間から目に太陽の光が降り注ぐ。 眩しかったけれど、温かな光。



 私はその日、はじめて空がきれいだと思った。





 たったそれだけ。
 たったそれだけのことだったんだ。



 バスのエンジン音が聞こえてきた。