●海蛇の話


(一)

 いつくしみポケモン、ミロカロス。その美しさから人々を魅了してやまないこのポケモンの伝説は全国各地に伝わっている。特にホウエンの民話にこのポケモンはしばしば登場する。現在でこそヒンバスを美しく育てるという進化方法が確立されているものの、当時は非常に珍しいポケモンだったミロカロスがよく登場する背景には、当時の人々の憧れが反映されているのかもしれない。今日はホウエン地方で比較的多く流布している二編を紹介しよう。
 昔、ホウエンのとある漁村での話である。嵐が去った後の浜で村の男の子が小さな魚を見つけた。どうやら魚は海に戻り損なったらしく、力なく尾鰭を動かしていた。その姿はひどくみすぼらしく、鰭もぼろぼろで汚らしかったが、かわいそうになった男の子は、家からたらいを持ってくると魚を入れ、しばらく面倒を見てやった。木の実などを与えながら世話をするうち、魚は次第に元気を取り戻し、やがて男の子は海に放してやった。
 そうして年月が経ち、男の子は成長し、立派な猟師になった。ある雨の日の事、彼が漁の為の網を編んでいると、とんとんと家の戸を叩くものがある。こんな天気の日に誰だろうと戸を開けると、そこには傘を被った美しい女が立っていた。旅の途中で雨に降られてしまったので泊めて欲しい。そう女が言うので、彼は一晩の宿を貸してやった。が、女は二日経っても三日経っても一向に家を出ようとしない。女が大変美しかった事もあり、やがて男は女を妻にする事に決めるのだった。
 女は不思議な能力を持っていた。いつ、どこで潜ればどんな海の幸が得られるか。それをしばしば予言した。事実、男がそこに潜ってみれば、言った通りのものがあるのだった。時には貴重な石や金を拾った事もあった。そうして男の家はだんだんと豊かになっていった。
 そうしてそのうちに女が身籠もった。大層喜んだ男だったが、女は出産に先立ち、こう言ったという。
「私一人で生みますから、産婆の助けはいりません。そして、私がいいと言うまで決して、産屋を覗かないでください」
 妙な事を言うものだと男は思ったが、今まで女の言った事に間違いは無かったので了承した。
 が、いざ女が出産を終え、産屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてくるといよいよ堪えきれなくなってしまったのだった。
「生まれたか。男の子か女の子か」
 そんな事を言って、産屋の戸を開くとそこには赤ん坊を長い尾で抱いてあやす、巨大な海蛇の姿があった。上半身は滑らかな肌色をしており、尾には赤と青の鱗が光っていたという。
「あれほど覗くなと言いましたのに」
 海蛇は赤い瞳に悲しげな色を宿し、言った。
「私はその昔、あなた様に助けられた魚です。あなた様の事が忘れられず、嫁に参りましたが、こうして姿を見られてしまった以上、一緒にいる事は出来ません」
 そう言って、海蛇は赤ん坊を産屋に残すと窓から出ていってしまった。その日は女が来た時と同じように雨が降っていたという。
 海蛇が遺した赤子は女児であった。彼女は歳を重ねるごとに美しくなった。また、母親と同じように海のどこに潜れば何があるかを心得ており、立派な海女となった。そのうちに、その美しさを聞き付けた国の領主に見初められ、輿入れしたという。その後の彼女については、お屋敷の生活に馴染めずに母と同じように海に戻ったとか、はたまた立派な跡継ぎを生んだとか様々な話が伝わっている。
 ポケモンと人との異類婚譚は同様のパターンを持つ話が多く、このミロカロスの話も例に漏れない。
 だが、ここで注目すべきなのはこの話の中に、ミロカロスの進化前の形態であるヒンバスの存在が暗示されている点であると筆者は思う。この記述は三百年前の読本にすでに見られるというから驚きだ。木の実を与えていたという記述がある点にも妙に確信めいたものを感じる。もしや作者は知っていたのであろうか? 謎は深まるばかりである。


(二)

 いつくしみポケモン、ミロカロス。その美しさに人々は魅了され、憧れた。ある者はこのポケモンを捕らえ、所有したいと考え、ある者は絵や彫刻に顕した。そしてある者は物語を紡いだ。海蛇の話、二編目はその美しさを我がものにしようとした女の話を紹介しよう。
 昔、ホウエンのとある国に八重(やえ)という有力豪族の娘がいた。彼女は小さい頃から何一つ不自由せず、容姿にも恵まれた女子だった。けれどそんな彼女にも思い通りに出来ない事があった。それは恋であった。美しく成長した八重もついに恋をする歳になったのだ。
 けれど、初恋は叶わない。八重は恋に破れてしまった。密かに想っていた男性は、別の女と結婚の約束をしてしまったのだ。相手の女もまた身分高く美しい女であった。八重の心が激しく乱れたのは想像に難くない。
 自分の恋が叶わなかったのは美しさが足りなかったせいだ。ああ、美しくなりたい。もっと美しくなりたい。思い詰めた八重は次第にそんな考えに取り憑かれるようになり、誰よりも美しさに執着するようになった。美しい着物は金に糸目をつけず手に入れたし、ある食べ物や飲み物が、美容にいいと聞けば、家来に命じて手に入れさせた。そんなある日、彼女は怪しげな旅の易者からこんな話を聞いた。易者は一枚の絵を見せるとこう言った。
「清い水辺や穏やかな入り江には、このような美しい海蛇がいるそうです」
 その姿は八重を魅了した。この肉を食べたなら、もっと美しくなれるに違いない! そう確信した彼女は易者から絵を買い取ると、国中に触れを出した。海蛇を捕らえた者には褒美を出す、と。
 そうして幾月かが経ったある日の事、ある洞窟の湖に海蛇がいるという報せを受けた。新鮮な肉を食らいたいと思った彼女は自らその地に赴いた。そこでは海蛇が抵抗を続けていた。洞窟には海蛇を捕らえようと、たくさんの男達や獣達が押しかけてきていたが、海蛇は不思議な術や水の術を使い、追い返していた。が、日が経つにつれ弱っていき、圧倒的な物量の前についに力尽きた。そうして杜で突かれ、八重の前に差し出される事になったのだった。
 彼女は喜び、連れてきた料理人に海蛇を料理させた。その美への執着は凄まじかった。彼女は何日も時間をかけて、海蛇を頭から尻尾まで食べ尽くしてしまった。
 そうしてその肉は八重に想像以上の美しさをもたらした。肌は絹のようにきめ細かく、髪は誰よりも艶を増した。もう何人にも美しさで負けはしない。八重は満足だった。
 だが、年月が経つにつれ、その行きすぎた効用に気付く事になった。
 彼女は歳をとらなかった。やがて父、母、姉妹、かつて好きだった男性、見知っている者達が次々に歳をとって死んでいった。けれどまるで容姿の変わらない彼女はただただそれを見送る事しか出来なかった。八重は美しく時を止めたまま、時間の中に取り残されていった。
「どう、満足? これが貴女の欲しかったものでしょう?」
 にわかに身体の中から声が聞こえた。
 その後、彼女は何度かの結婚をしたが必ず夫に先立たれてしまったという。やがて知る者もいなくなり、周りからも不気味がられた彼女は髪を剃り、出家したのだった。
 八百比丘尼(やおびくに)と彼女は名乗った。貧しい村々を回っては、人々を救い、罪を償おうとしたが、海蛇の不死の呪いが解ける事は無かった。
 そうして数百年を経たある日、彼女は洞窟に入り、姿を消した。食を絶ち、入定(にゆうじよう)――すなわち即神仏になる事によって、ようやく死ぬという願いを叶えたのである。彼女が最期を迎えた洞窟には諸説があり、ホウエン各地に伝説が残っている。
 また、同じような形をとった昔話は他の地方にもあり、ミロカロスがハクリューであったり、ファイヤーであったりするようだ。いずれにしても長寿や美しさが強調されたポケモンが多く、人間の欲の深さ、業のようなものを感じずにはいられない。