私の通っているタマムシ大学には様々な学科があります。その中にある国文学科のゼミで、私と彼は出会いました。 別に容姿が私好みだったとかそういう訳ではありません。ただ、彼の発表が、想像力と類稀なる妄想力の結果、自爆というか大爆発を引き起こしていたものだから、私の印象に残ったのでしょう。 その日のゼミは第一回で、著名な歌人の和歌を論評し合い、解釈を述べるといった内容でした。取り上げられたたのは豊縁(ほうえん)の女性歌人、蓮見小町(はすみのこまち)の和歌でした。 水芙蓉(みずふよう) 咲き乱れるは さうざうし うるわし君を 隠す蚊帳(かや)なり 水芙蓉とは、蓮の花のこと。その意味は、水芙蓉(蓮の花)がたくさん咲いているのは寂しいものだ。なぜなら、水面いっぱいに咲き誇る花は、水面に映る美しい貴女(貴方)の顔を隠す蚊帳となってしまうからだ。というものです。 この歌が出された歌会の題は「水面(みなも)」であったと伝えられています。蓮見小町は、その昔、古代ホウエンで大きな勢力の一つだった海や水といったものを信奉する一族の出身とされ、彼らの歌会の題は水に関するものが多かったようです。だから彼女は水に纏わるすぐれた和歌をたくさん残しています。相手を直視せずに水に映した姿を見るというところがなんというか女性らしいですよね。 ゼミの参加者が一人ずつ、意見を述べていきます。時代背景の掘り下げですとか、他の歌との関連を指摘する内容が多かったのですが、最後の最後、教授に指された彼は突拍子も無いことを言い出しました。 一言目から彼は言い放ちました。 「これは水ポケモンが作った和歌です」 教室がシーンとしました。ですが、彼は構わずに続けます。 「これは陸地に棲んでる者の歌じゃありません。陸地にいるんなら水面に映る君なんて見ていないで、直接見ればいいじゃないですか。むしろ、作者は水の中から想い人か想いポケモンを見てると考えたほうが自然です。だから水面に蔓延ってる蓮が邪魔でしょうがないのです。水の中から上が見えなくなっちゃいますから」 そこまで一気に言うと、更に続けました。 「いや、和歌では邪魔な蚊帳なんて奥ゆかしい表現を使ってますが、実際の作者は好都合と思っていたかもしれません。だって水面に蓮が蔓延っていればちょっと水から顔を出しながら、自分の姿を隠しつつ、美人を覗き見できるわけでしょう。きっとあんまり容姿に自信がなかったんだと思います。とにかく、蓮見小町をこそこそ覗いてた野郎がいて、自分の行為を格好つけて表現した上に、彼女に送った歌なのではないでしょうか。ものは言い様ですね」 「………………」 「あ、誤解の無いように言っておくと僕は好きですよ? ポケモンが詠んだって考えるだけでワクワクしますね」 これが彼との最初の出会いでした。 ちなみに教授は「あ、ああ、蓮見小町のことだから、水ポケモンになりきって詠んだ可能性は否定できないですね……」と、言っただけでした。 ですが気に入ったのか、いつも一番最後に彼を指名します。彼はそのたびにポケモンにこじつけた解釈を聞かせてくれるものですから、今はみんなが楽しみにしています。 |