■クジラ博士のつくりかた



 シリーズ収録話の中で、マサラのポケモン図書館で最初に発表したのは「うきくじら」であったと記憶している。たぶん2004年くらいの事だ。当時、チャットで感想など貰ってしまい、調子に乗ったのもよい思い出だ。
 で、時々思いつくようにトシハル君が出てくる作品を投稿する事になった。
 次に投稿したのが「森と海と」で、これはどっかのポケモンサイトでアニポケにカビゴンが出てきた回の感想を見たのがきっかけだったりする。住処を失ったカビゴンは近所の商業施設だったか植物園だったかのオーナーに引き取られて飼われる事になったんだが、こんなの何の解決にもなってないじゃん! というわりと不満のある感想で、それに触発されて書いたのがこれだったりする。ちなみに「わたほうしのゆくえ」は時系列的にはこれの続編にあたる。
 「海上の丘にて」は当時、学校をサボって書いた。私はダメ人間だった。

 さて、せかっくなのでこの作品のバックグラウンドにてついて語ろう。
 この作品を育てたのはなんと言っても私の大学生活、そしてその後に辿った挫折の繰り返しを抜きには語れない。
 私の出身校および学科をバラすと帝京科学大学のアニマルサイエンス学科である。かいつまんでどんな学科かと説明すると、まぁ動物についていろいろ研究する学科なのだが、獣医学部ではない(動物看護士は勉強して、試験受ければとれるらしいが)。予備校時代に獣医志望だった私はたいして勉強が出来るようにならず、予備校講師の勧めもあってここを受験することと相成った。英語も数学もまったく出来なかった私は生物と国語で受験し、合格する。私は二期生であり、当時は今ほど倍率が無かった為に潜り込む事が出来たってわけだ。
 アニマルサイエンスでは野生動物の研究手法を学んだり、動物園に実習に行ったりもした。赤い花と黒い影で主人公のミシマさんがカゲボウズを定点観察しているが、こういった発想は大学で学んだ事に基づいている。「影花」も「クジラ博士」も大学生活抜きには生まれなかった作品と言っていい。
 では、くわしく「うきくじら」について突っこんでみよう。なんでこんな作品が出来たかといえばホエルオーというポケモンが気に入り、こいつ空飛びそうだなーと思った事がひとつ、実習にフィールドノートを使い、数字が大切だと学んだから、そしてある強烈な先生との出会いであった。
 ある強烈な先生とは「リアルカスタニ博士」である。私の大学にはリアルカスタニ博士がいらっしゃった。船に乗り年中鯨類を追っかけ回していた先生である。水生ほ乳類の分野ではかなりの権威であるらしく、どれくらいかというと動物行動学をやってた先生が「尊敬している」と普通におっしゃる。おそらく水生動物を研究している人がこの小説を読んだら、誰がモデルになっているか一発で判るはずだ。正直すまんかった。
(ただし、カスタニ博士自身はあくまでフィクションであって実際のご本人とは別人である事は、先生の名誉の為に申し上げておく)
 先生の実習というのは今考えれば豪華だった。イルカの頭部の解剖(イルカ猟でとったイルカの頭部を譲って貰ってきたものと思われる)に、小笠原での観察実習なんかがあった。骨格標本がどうのこうのといった具合の話が出てきたり、死体を調べたいなんて言い出すのもこのへんが影響してるのだろう。
 とにかく、そんな大学生活の影響をもろに受けてつくったのが、「うきくじら」「森と海と」などの前半の作品であった。「メロンパンの恨み」もアイディアだけはあって当時仲良かったマサポケの子に柿ピーがとか喋ってたりしたのだが、単行本収録まで形にはならなかった。トシハル君が実習でサファリゾーンのドードーを調べにいくという話もあったが、これは後が続かなくてボツになっている。
 「少年の帰郷」の執筆をはじめたのが、就職活動をはじめた頃であった。すでに私には予感があった。私は大学で学んだ「動物」というものをおそらく職業には生かさないという予感が。クジラシリーズを書き始めた当初はトシハル君は順当に研究者になる予定であった。それがあんな風になってしまったのは私の人生を反映していたからだ。
 就職活動はいい加減だった。私は将来に何のビジョンも持っていなかった。公務員試験の勉強もしていたが全く身が入らなかった。だからろくに試験も受けなかった。獣医学部受験の時もそうだったが、私は昔から努力する事が出来ず、機会をフイにし続けた。トシハルは正直ヘタレではあるが、少なくとも努力はするし、それなりに能力もある(というかカスタニ博士が超人すぎる)ので、その点彼は筆者よりはるかにマシと言える。トシハルは自身の投影(特に情けない部分の)であるが、なりたかった自分像でもあるのかもしれない。
 結局、私は新卒で就職をしなかった。1〜2年ほど実家近くのアパートに住みながらイトーヨーカドーでバイトをして生活していた。だが、ある日どうもいかんと思い立って、就職の支援学校のような所に行き、営業の実習を経て(飛び込みの実習とかやらされた)、8割が集団面接で就職を決めていく所を2度失敗して、3度目でやっと今の会社に潜り込んだのであった。まだ売り手市場の時期だったのが幸いだった。
 まあとにかくそんな感じの経緯が、少年の帰郷の暗さにはもろに反映されている。
 「少年の帰郷」はその後4年程、絶筆状態が続いた。理由は様々考えられるが、当時の私のレベルではそれ以上が書けなかったのだろうというのが今の結論だ。あの後、就職してもまれて、いろいろな事があって、バカやって後悔したり、マサポケ運営とかやってみたりして、小さいながら夢も出来た。それでやっと書けるレベルまで自身が上がってきたのだと思っている。
 連載はじめた当初の私がもし頑張って書いていたら今とは少し違う終わり方になったろうと思う。たぶんカスタニ博士が許して、トシハルが安心して、みたいな形になったんじゃないかな。今回の執筆で拘ったのは(いろんな人が背中を押してはくれるけど)あくまで決めるのはトシハルという点だ。そこの所には拘ったつもりでいる。「誰かが許してくれたからやっていい」のではなく、それが開き直りだろうが、ビクつきながらだろうが、あくまで自分の意志で選び取る形にしたかった。だから師弟対面が出てくるのは、あくまでトシハルが意志を固めてからにする必要があったのだ。

 さて、クジラ博士を構成するもうひとつの軸として「伝承」があるので、それについても語る事にしよう。
 私の論文のテーマが「動物観」で、書くにあたって、参考に動物観に関する書籍を読んだのが、その中に人間と動物が結婚する話が結構ある。正直、論文の役には立たなかったのだが、本自体は非常におもしろかった。
 人と動物の婚姻。実はこれ東洋に特徴的な書かれ方で、西洋にはあまり見られないのだという。西洋にあるのは動物がいて、実は魔法かなんかでそうなっていて元は人間でした、というもの。人間と動物はあくまで区別された存在だ。
 ダイヤモンド・パールの発売もほぼ時期的に重なる。「ひととけっこんした ポケモンがいた」にやられてしまったポケモン二次創作者は多い。私もその一人だった。
 思えば昔から、妖怪やら狐やらみたいのが好きだった。水木しげるの妖怪本を一生懸命読んだりしていた。だからもともと引っ張り込まれる気(け)はあったんだろう。
 帰郷絶筆中に「遅れてきた青年」を書いているけれど、今思えばこれが伝承が出てきた最初だったように思う。
 また、就職をしてこれから小説を書いていくにあたってインプットをしていかないといけないと思っていた。「うきくじら」や「赤い花と黒い影」は経験をもとに書かれた話だ。けれどもう使ってしまった。新しいものを書く為にあたらしいネタを仕入れなきゃいけないという危機感があった。将来的にはカゲボウズシリーズをちゃんとやりたいと思っていたので九州関係の本を買ったりもしていた。そこで出会ったワードが「隠れキリシタン」だったもんだから、じゃあマグマ団とアクア団の対立にかけて、昔に宗教戦争があった事にしようという着想が浮かんではいた。
 で、なぜ伝承やら昔話に傾倒するようになったかというと、そういう気(け)があったのはもちろんだが、大阪の友人宅に遊びに行き、二人で三十三間堂を見ながら妄想したら話が出来てしまったという事だろう。その結果書いたのが「霊鳥の左目」であった。京都の本屋で魔界地図みたいな本を買ったのがさらにマズかった。本に載ってたエピソードのせいで「抜け鴎」が出来「樹になった狐」が出来、豊縁昔語シリーズになってしまった。ルビサファの幻島の正体についての妄想は昔から持っていたのだが、ついにここでリンクする。じゃあクジラシリーズにくっつけてしまえ、という事で、帰郷の続きに妙に信仰が絡んできたり、「朝霧」という作品が出来たという訳。

 そんな大学卒業後の経緯からしても、2004年に作品の最初のが出て、2011年になってようやく完結にこぎ着けたのは必然なのかなと思っている。私の人生経験、そして読書という名の取材。全部のピースが揃うのを待っていたんだと思う。

 ポケモン二次創作小説の世界は9割の連載が完結しない世界と認識している。
 クジラ博士は、途中で放置しながら、寄り道しながら、たまたまタイミングがあってなんとか完結にこぎ着けた。それはなんだか少年の帰郷でトシハルの辿った道にも似ている気がする。
 小説界隈ではよく完結、完結というけれどクジラ博士が8年かかったように、もうすこし長い目で付き合っていく必要があるのかもしれない。完結を迎えられる作品、それは今書いている作品そのものの完結かもしれないし、それを踏み台にした新しい作品かもしれない。 大事なのは何でもいいから書き続ける事なのかな、たぶん。するとある時、すとんと落ちてきて書けるようになる事もあるだろうと振り返ってみて思う。

 最後に、完結を待っていてくださった皆さん、ありがとう。
 大変お待たせしました。クジラ博士、完結です。






2012年11月23日
No.017