●車窓から(ポケモン編)



バトルサブウェイは地下を走っている。
当然見えるのは暗い壁やそして近づいては去っていく均等に配置された明かりばかりだが、ふと窓を見ると違う景色が見えることがあるという。
それは深海にいるはずのチョンチーの明かりだったり、トンネルに現れるいくつもの鬼火だったり。
バトルの合間になんとなく窓を見たら、ガラスにカゲボウズがびっしり張り付いていていた、という話もある。
体験談、作り話、ただの見間違い、酔っ払って見た幻覚。
もはやどれが本当でどれが嘘かもわからないが、これはと思ったものを紹介したい。



<終わりなきハブネーク>

 ライモンシティに住むAさんは、バトルサブウェイの常連だ。
 Aさんは一年ほど前、サブウェイの走るトンネルの壁を這っているきばへびポケモン、ハブネークを見たという。
「列車が動き出してすぐ後ですよ。なんとなく窓を見たら、壁を這ってて。顔は見えなかったですよ。胴体だけ。六角形の金色の鱗が光ってて、あの模様は間違いないですよ」
 トンネルの中にポケモンが出る事は別に珍しくないという。走る電車が線路を軋ませているその直ぐ脇をコラッタが通ってる事なんてよくあるし、ズバットがいる事もある。だからAさんもハブネークがいたからといって、珍しくはあるが別段おかしいとは思わなかったという。
 だが、
「そのうちに列車が走り出して、あれ……? って……」
 ハブネークの長い胴体は車窓から見え「続けて」いた。
 列車がスピードを上げ、すでに何十、何百メートルは走っているにも関わらず、だ。
「いくら列車が走っても、ちっとも頭にも尻尾の先にも到達しないんですよ。終わらないんですよ。そのハブネーク。一体何キロメートルあるんだって話。不思議と怖いとは思わなかったんですけど、バトルが終わるたびに振り向いてもまだ見えるんです。もう気になって気になって。何度見間違いかと思って窓に張り付いてよくよく見るんですけど、やっぱりどう見てもハブネークなんです。でも頭にも尻尾の先にも到達しないんです」
 連勝が止まって下車したAさんだったが、下車してホームからトンネルを覗き混んだ時、もうその姿は見えなかったという。


<笑うイトマル>

 キョウコさん(仮名)の話。
 サブウェイで三十連勝ほどした頃だろうか、車窓のガラスに一匹のイトマルが腹を見せて張り付いている事に気が付いた。
「イトマルって背中に人の顔みたいのがついているでしょ。そのイトマルには腹にも模様があってね、・へ・みたいな模様だった。あんまり機嫌はよくない感じ。まあ私は構わずバトルを続けた。出てくるポケモンもトレーナーもどんどん強くなるし、それどころじゃないって感じ」
 それでも気になって時々バトルの合間に窓を見るとまだイトマルは・へ・の腹を見せて張り付いていたという。「あれは四九戦目だったからよく覚えてる。もう少しで五○戦目だーって意気込んでいたら、ポケモンが技を外して、すんでのところで負けてしまって。まー負けは負けだからしょうがないかって、列車を降りようと思って……」
 キョウコさんはまた、何気なく車窓を見た。
「笑ってたの。イトマルの腹が。さっき・へ・じゃなくてあきらかに口を三日月みたいな形にして。いかにもニターッって笑みを浮かべて笑っていたのよ」


<追いすがるギャロップ>

 車窓とトンネルの間の狭い空間の間を何者かが移動していた、という話もサブウェイでは珍しくない。
「僕の場合はギャロップです。そう、ひのうまポケモンのギャロップ」
 そう語るのはヒウンに住む会社員のジムさん(仮名)。
 バトルに熱中していたのだがどうも自分の右方向が明るいような気がする。
 窓のほうを振り向いたらものすごいスピードで走る車両に併走する形で、炎のたてがみの火の粉を散らしながらギャロップが走っていたという。
「いやびっくりしました」
 だが、うっかりトレーナーが外に出してしまったとか、狭い空間なのになんて事を考える余裕はなかったという。
「というのもね、車窓にぴったりと併走しながらね、ギャロップがものすごい形相で私をにらんでいるんです。顔の左半分でね、目を異様なほどにと見開いて歯を見せてね。トンネルの中の風のせいなのかな。唇が煽られてぶるぶると震えていてね。裏側がばたばたとめくれて見えるんですよ。涎がね、飛び散ってね、窓にもついてね」
 ギャロップに恨まれるような覚えはさっぱりないというジムさん。
 だがそれはとにかく恐ろしい形相であったという。
 そんなギャロップもジムさんがバトルに負けると減速し、瞬く間に見えなくなってしまった。
「負けた以上にほっとしましたね」
 そうして今改めて考えると不可解な点がある、と彼は言う。
「これ、降りてから気が付いたんですけど、その位置にギャロップが見えるのっておかしいんですよね」
 ほら、見てください。
 と、ジムさんはホームの下を指さした。
「線路から、我々の立っているホームまで、少なく見積もって人一人分の高さはあるでしょう。さらに我々の足元から車窓のガラス部に達するまで一メートルくらいはあるでしょう。だいたい二.五メートルとして。でも、窓からギャロップの顔が見えていた」
 ギャロップの頭のある位置は大きい個体でも地面から二メートルくらいでしょう。
 地面を走って併走しても、絶対に顔なんか見えないんですよ。
 でも、窓から顔が見えた。
 なら奴は空中を走っていたという事なんですかねえ……。



友人に会った話 / / 車窓から(対向車線編)