(八)迦具土


 選考会。ポケモンバトルという形のオーディションの舞台。
 その場所は土を盛り固めて作ったリングの上であった。
 あまり広くは無い。それは相撲の土俵によく似ていた。
 今となってはそれを知るものは少ないが、古来、相撲とは奉納相撲として神に感謝と願いを捧げる儀式であった。そこでは、二者のうちのどちらかが勝つかによって五穀豊穣や大漁を占ったのである。
 ナナクサいわく、この村でポケモンバトルで役者を決めようと言い出した者が出たときにはポケモンバトルで決めようなどととんでもない、よそ者を伝統の舞台に上げるなど何事だとずいぶんと反対の意見が出たらしいが、いざ始めてみればなんだかんだで定着してしまった。もちろん謝礼の豪華さも手伝ってのことだが、それは祭のスタイルにあっているということなのだろう。
 発案者は知っていたのだろうか。相撲という神事の名を。
 もっともその発案者とやらはもうとっくに村にはいない人であるらしく、今となってはそれもわからない。
 だがその者の意図がどうあったにせよこの方式をとるようになってから、祭がいっそう賑やかなものになった。それはかつて反対した村人すら認める事実であった。
 会場は参加するトレーナー、見物をしにきた村人や観光客で大いに賑わっている。
 ツキミヤが村に入った時に聞こえてきた笛や太鼓の音色はその雰囲気をいっそう盛り立てていた。

「勝負あり!」

 土俵の真ん中からに二、三歩下がった場所に相撲の審判、行司のような鳥帽子をかぶった和服の男が立っていて、瓜を縦から割ったような形をした軍配団扇を勝者に向けた。
 見物客がわぁっと歓声を上げ、時折拍手が混じる。
 勝負は一対一の一騎打ちで、短時間で決する場合が多い。
 土俵は狭く逃げ場が無い。お互いに技を放ち、技を喰らう。ぶつかり合う。避ける余裕が無いから短時間で決するのだ。
 公式戦で言うところの戦闘不能にするか、相手を土俵からふっ飛ばせば勝ち。
 これも相撲によく似ているとツキミヤは思った。

「次の次だよコウスケ、準備はいい?」

 付き添いのナナクサは少しばかり心配した様子で聞いてきた。
 下手をすれば勝負は一瞬で決まってしまう。
 油断をすれば望む役を手にすることは出来ないのだ。

「君が緊張してどうするんだよ」

 ツキミヤは仕方ないなという感じで笑った。
 その笑みにはなぜか余裕が垣間見れる。
 彼の肩の後ろからひゅっとカゲボウズが顔を出してくすくすと笑った。
 穴守家の湯船に沈められ、タイキを鬼火で脅かしたあのカゲボウズである。
 彼にも緊張した様子は見られなかった。

「そんなに心配するなよ。勝算がなきゃやらない」
「でも、そのカゲボウズ一匹だよ? 中には体格のいい炎ポケモン使ってくるトレーナーだっているのに」

 やはり心配そうにナナクサは言った。

「こう言っちゃうのはなんだけど、まだあのネイティのほうがエスパー技を使うだけ強そうだ」

 するとツキミヤの顔の横に浮いているカゲボウズがぷうっと頬を膨らませた。
 ずいっと前に進み出るとナナクサの結った髪の一つをくわえ、思いっきり引っ張った。

「うわっ!」

 驚いたナナクサは二、三歩後退し、髪をかばう。
 が、結いが外れ、髪を縛っていた紐はカゲボウズに奪われてしまった。
 カゲボウズが結わき紐をぺっと吐き出したかと思うと、ぼうっと紐が燃え上がる。

「ああ! 何するんだよ!」

 ナナクサが叫んだ。

「君が失礼な事言うから怒ってるんだ。だいたいネイティじゃ出れないルールだろ。あの子は炎技使えないし」

 それにネイティはタマエに貸し出し中だった。
 どういう訳だかタマエは出会った時から彼をいたくお気に召した様子だった。
 タマエときたら昨日ナナクサと村に出る前から何やら言いたげにそわそわし通しで、それを痛いほどに感じていたツキミヤは穴守家を出る前、ネイティに良い子の留守番を命じたのだ。
 やはり宿を提供してくれた恩人にはそれなりのサービスというものをしなくてはなるまい。
 そしてサービスは現在も継続中なのである。
 もちろんサービス係の小鳥ポケモンにも青年自身がそれなりのアフターサービスをしなければならないだろうが……。

「あーあ、その染めの色気に入ってたのに」

 ナナクサの髪を結わいていた憐れな紐はカゲボウズの鬼火で焼け落ちていく。

「そんなに心配しなくても僕は勝つよ。必ず決勝に進んでみせる」

 落ち着いた声でツキミヤは語った。
 頼りにしているよとでも言うように人形ポケモンの頭を撫でてやる。
 カゲボウズは機嫌を直したようで、満足そうに目を細めた。

「違うよコウスケ。進むだけじゃなくて勝ってもらわないと。君は九十九の部で優勝して、九十九を演じるんだ」

 解かれた髪をくるくると指で巻きながらナナクサは言い改めた。

「言ってくれるじゃないか」

 と、ツキミヤが返す。

「何回勝てば九十九になれる計算?」
「九十九の部の出場者が五十人くらいって聞いた。コースケはシードじゃないから六回ってところじゃないか」
「六回ね……」

 "野の火"の役者を選出する選考会は大きく二つの部門に分けられる。
 一つはこの舞台の主役である雨降大神命を選ぶ雨降の部。
 そして雨降の倒す相手、この村の人間達にとって恐怖の対象、炎の妖である妖狐九十九を選ぶ九十九の部である。
 雨降は水の技を使うポケモンのトレーナーの中から、九十九は炎の技を使うポケモンのトレーナーの中からそれぞれが選ばれる。
 選考はトーナメント形式進行し、各部門の優勝者がそれぞれ雨降と九十九となるのだ。

「勝負あり!」

 また威勢の良い声が響き渡る。それに呼応してまた聴衆が沸いた。

「それでは次の取組ぃ。出場者は三分以内に前へ」

 審判が呼んでいる。

「じゃあ行ってくる。すぐに終わらせるから」

 ツキミヤはそう言うとカゲボウズを連れ、聴衆の中を分け入っていった。
 対戦相手もすぐに来たらしく取組はすぐに始まった。

「西ぃドンメルー。東ぃカゲボウズー」

 少々間伸び気味の癖のある声。審判がポケモンの種族名を読み上げる。

「カゲボウズだってさ」
「ほとんどの出場者は炎ポケモンだってのに。珍しいな」
「あんなちびすけで勝負になんのか?」

 観客達が口々にそんなことを言ってナナクサはますます心配になる。
 そんな彼の心配をよそに審判は軍配団扇を下に下げ、そして――

「はじめぇ!」

 と言って軍配団扇を上げると、ディグダも真っ青になりそうな程の恐るべき速さで土俵際に退散した。
 まともに炎技を喰らいたくないからである。
 そして次の瞬間。
 バシュウッと言う音が彼の鼓膜を駆け抜けたかと思うと何かが土俵の外に吹っ飛ばされた。
 気がつけば土俵には砂煙が舞っているだけ。
 その中に浮かぶのはカゲボウズ一匹の影だけで他にはいない。
 審判が西側に目をやるとしりもちをついたトレーナーとそのはるか後方に吹っ飛ばされて気を失っているドンメルの姿があった。

「し……勝負ありっ」

 あっけにとられながらも審判は東に軍配団扇を掲げ勝利宣言をした。

「嘘だろ……」

 そういう言葉を口にしたのはナナクサだけでは無かった。
 間近で見ていた何人かがあんぐりと口を開けている。
 ツキミヤだけが何食わぬ顔をして、

「まずは一回目だね」

 と言った。
 砂煙が晴れる。
 舞台の中央にふよふよと浮かぶカゲボウズがくすくすと笑った。

「だから言ったろ。すぐ終わるって」

 戻ってきたツキミヤは得意げにナナクサに言った。

「コウスケ今何やったの? 何が起きたのか全然わからなかったんだけど……」
「わからなかった? じゃあ次はもう少しゆっくりやってあげるよ。相手の力量次第だけどね」

 ナナクサの疑問に対し、彼は楽しげに答えた。
 彼の背中のほうからまた行司のジャッジが響き渡る。
 やはり一対一とあって勝負は早い、次々と勝ち負けが決まっていっているようだった。
 時を待たずしてすぐに順番が回ってくるだろう。

「あまりポケモンを休ませている時間、無いね。それも選考のうちということか」

 と、雑感を述べる。
 まぁ僕のポケモンには関係ないけどね……と呟いた。



 選考会「九十九の部」、二回戦。
 相手トレーナーのガーディはただならぬ気配を感じ取った。背中にぞくりと悪寒が走る。
 土俵上で対峙しているのはたかだか一匹のカゲボウズのはずなのに。
 もっとたくさんの敵に囲まれているような、そんな感覚を覚えたのだ。
 目の前のカゲボウズがにたりと笑う。
 かわいそうに、お前は憐れな生贄だ、と。
 いつの間にかむくむくとした毛の生えた尻尾は身体の内側に巻かれすっかり密着していた。それは恐怖のサイン。好む好まざるにかかわらずに出てしまう身体の感情表現だ。
 そして気がついた。自分を見ているもう一つの視線に。
 それはカゲボウズのトレーナーだった。カゲボウズの後ろに立っているトレーナーがじっとガーディを見つめているのだ。
 彼は認識した。あいつだ、と。
 俺はあいつが怖いのだ。あの男は怖い。よくわからないけど中に怖いものをたくさん飼っている――。

 お、に、び。

 男の口はそう動いたように見えた。かと思うと青い炎が十、二十、三十と瞬く間に灯り、それらが束になって子犬ポケモンに襲い掛かった。
 単発の鬼火数十個が作る炎の塊。それは火傷を負わせる為ではなく相手にぶつける為のもの。子犬ポケモン一匹を場外に吹き飛ばすには十分過ぎた。彼はあっけなく場外に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
 そして、ガーディはなんとなくではあるが理解した。
 目の前にいたカゲボウズは"代表"に過ぎない。自分はもっと多くの数を相手にしていたのだと。目には見えない。だがそれらは確かに居る、あそこに立っているあれの中で蠢いている、犇いているのだ。
 これは一対一などでは無く一対数十の勝負。はじめから勝ち目など無かった。
 もちろんこんな行為はルール違反である。だがそれを行司に訴える手段は子犬ポケモンにありはしなかった。野生を無くし感じる力が鈍感な人間達はこのトリックに気付けない。

「二勝目だ」

 青年が微笑を浮かべる。
 同じようにして三回戦も四回戦もすぐに決した。いずれも進化していない炎ポケモンが一匹。カゲボウズ"達"の相手にはならなかった。



「驚いたよ。コウスケってやり手のトレーナーだったんだ」

 屋台で貰ってきた餅を渡し、あらかじめ準備しておいた自家製の茶をツキミヤに注いでやりながらナナクサが言った。
 ナナクサいわくここらでだんだんとバトルがだれはじめる。主に取組をジャッジし続ける行司が疲れはじめるのが原因だ。そして、しばらく休憩をというのが毎年の流れであるらしい。だいたい夕方までは休んで、日が暮れてから準決勝、そして決勝というのが毎年のパターンだという。
 選考の場もこれまでの狭いバトルフィールドから一転、ここからは実際に役者が演じる石の舞台での取組となる。村のお偉いさんや祭の仕事を切り上げた村人達が集まり出すのもこの時間らしい。

「兼業って言うから正直バトルの腕は期待していなかった」

 そう続けると、自身も餅にかぶりついた。
 何回か咀嚼してこいつはスバメニシキだな、いい味だ、と呟く。
 こういう場でも米の話題を欠かさないのは流石である。

「人に役を勝ち取れなんて言っておいてずいぶんな言い草だな」

 大きく口を開けるカゲボウズに餅をちぎって食べさせてやりながらツキミヤは言った。

「いやぁ、その、それでもなんとか勝てるだろうとは踏んでいてだね……。でもあんなに圧倒的なんて」
「言い訳が苦しいぞ」
「いやあ、いざとなったら君を負かした優勝者以下とそのポケモンの食べるものに下剤でも仕込んで、君を繰り上げ当選させようかと思っていたんだ。裏の山に生えてるキノコにすごいのがあるんだよ」
「やめとけ。集団食中毒って話になって祭自体が中止になりかねない」
「冗談だよ?」
「いや。君の場合本当にやりかねない」
「やだなー、僕がそんなことするわけないじゃない」

 いや、お前ならやりかねない……きっとやる。青年はそう思った。
 勝てる手段があってよかった。本気でそう考える。

「僕は引き受けるといったらやるよ。とことんね」

 ツキミヤ自身も餅にかぶりついた。腹が減っては戦はできまい。
「それは頼もしいなぁ。僕さ、昨日の夜コウスケをどう説得したらいいかって夢にまで見て考えてたんだよ。それがまさか朝になって自分から引き受けるって言ってくれるなんて」

 そう言ってナナクサは別の料理の包みを開ける。

「昨日はあんなに嫌がっていたのに。一体どういう心境の変化なのさ」
「あの日は疲れていたからね。一晩休めば気が変わる事だってある」
「あいかわらず素っ気返事をするね、君は」

 そう言ってツキミヤのコップに茶を注いだ。

「まあ、引き受けてくれたのならなんでもいいけど。そうだな、きっとツクモ様が僕の願いを聞いてくれたんだ。そうに違いない」

 ナナクサは本当に嬉しそうに笑った。
 器に料理を盛りわけ、ツキミヤに差し出した。

「ありがとうコウスケ。今年の舞台はきっと面白くなる……してみせる。タマエさんの為にも」
「まだ決まったわけじゃないさ。四回戦までは相手がよかったしね」
「勝つさ。ここまで来たら勝って貰わなくちゃ」
「もちろんそのつもりだけどね」

 料理を口に運ぶ。青年は立っていただけのはずだがいやに食欲があった。

「おー、いたいたァ。探したぞコースケ、それにシュージ」

 群集を掻き分けて二人の目の前現れたのは、肩に真っ黒なポケモンを乗せた少年だった。

「あ、タイキ君来てたんだ」

 と、ナナクサが言ってタイキがしかめっ面をする。

「来てたんだはなかろうが。四回戦の時から見とったわ! 手伝いも早めに終わったしのう」
「え、そうなんだ」
「それなのにお前らときたら、俺が呼ぶのにも気がつかずにそそくさとどっかに消えやがって。人だらけで見失ってしもうたわ」
「そう、それは悪かったね。見ての通りちょっと腹ごしらえをね」

 今度はツキミヤがそう答えた。

「おう、お前が舞台に上がった時は驚いたぞコースケ。出るなんて聞いてなかったからな。水くさいのう。そうならそうと言ってくれればもっと早く切り上げて応援にきたのに」
「ごめんね。役がとれたら報告して驚かせようと思ってたんだ」
「大したもんじゃ! 雨降のほうに出たノゾミなんかいつもどおり一回戦で負けてしもうたぞ」
「そういうタイキ君はそのノゾミちゃんに負けてばっかりじゃないか」

 ナナクサがからかうように言う。

「バトルの後はいつだってびしょ濡れだ」
「うっさい! シュージは余計な事言わなくていいんじゃ!」

 タイキが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「ふぅん、その子がタイキ君のポケモンなんだ」

 少年の肩にとまった黒い鳥ポケモン、ヤミカラスに目をやってツキミヤが尋ねる。
 なるほど。ノゾミの言うとおりこいつはたしかにボサボサ頭だ。

「おう、そういえばコースケにはまだ見せておらんかったのう。コクマルと言うんじゃ。タマエ婆が供えた握り飯をつまみ食いして御用になってのう。それ以来こいつは家族の一員じゃ」

 そう言ってタイキが鴉をむんずと掴むと、ほれ見ろと言わんばかりに前に突き出した。
 突き出された鴉は青年と目があったがすぐに目を逸らしてしまった。
 これは早速嫌われたなと、青年は苦笑いする。

「コースケのバトルすごかったろ。タイキ君もバトルのこと教えてもらったらいいじゃない」
「そうじゃのー。ニョロモ一匹にも勝てないんじゃ格好がつかんしな。なあコクマル?」

 ナナクサにそう言われて、彼は比較的前向きな返事をする。が、カラスは赤い陰気な目をやる気なさそうに上に向けて一応は聞いていますよというサインを送っただけだった。主人に反比例してテンションは相当に低い。

「おいおい、選ばれたら忙しくなるってのにそれはないだろ」

 ツキミヤが割ってはいる。

「じゃあ、負けちゃったらタイキ君の特訓ということで」
「繰り上げ当選させるんじゃなかったの? 今ならたった三人やるだけでいい。君の負担も軽いぞ」
「何のことを言っとるんじゃ」
「集団食中毒で収穫祭が中止になる話」
「なんじゃそりゃ?」

 意味が分からないという顔をタイキがして「冗談だよ」と、ツキミヤは言った。

「うん、ここまで来たら勝ってもらわなくちゃ」

 ツキミヤの皮肉がわかっているのかわかっていないのか、ナナクサはそのようにまとめた。。

「残りの相手は? 君のことだからポケモンの種類くらい把握してるだろ」
「準決勝でコウスケと当たるのがマグカルゴ。もう一組の準決勝がリザードとバクーダ。勝てばどっちかと決勝ってことになる」
「ふむ。するとバクーダってところかな」

 と、ツキミヤが言った。

「バクーダだろうね」

 ナナクサも同意見だった。
 バクーダ、ドンメルの進化系。厄介な相手だ。火山をそのものを体現したそのポケモンの体高は人間の大人より一回り大きい。体もずっしりと重く踏ん張りが利く。それだけ体格のいいポケモンならいくら鬼火を集結させようともふっ飛ばすのは無理だろう。
 それ以前に準決勝のマグカルゴも問題だった。あれは灼熱の溶岩に精神が宿り形を成したポケモンだ。そんな相手に鬼火を集めぶつけたとてそよ風が吹いたようなもの。四回戦のまでの雑魚のようには到底いくまい。
 ……何か新たな手を講じなければ。

「悪い、ちょっと出てくる」
「どこに行くんじゃ?」
「ちょっと、ね。カゲボウズと秘密の作戦会議。取組の時間までには戻るから」

 そういい残してツキミヤは姿を消した。



 ツキミヤの戻らないうちに準決勝一回戦は始まった。
 先程との狭い土俵から舞台を移して今度は広い石の舞台である。
 それは"野の火"が上演される石舞台だ。
 夜の帳の下に広がる舞台の四方には松明が灯り、二匹のにらみ合うポケモンの影をゆらゆらと揺らしている。
 西にバクーダ、東にはリザードの影。

「めずらしいのう。あのリザード、色が黄色い」

 タイキがはあぁと息を漏らしてその姿に見入っている。

「うん、色違いなんてツクモ様みたいだ」

 事前にその事実を知っていたナナクサもそんな感想を漏らす。
 一方のバクーダはブホーブホーと鼻息を荒くして石の舞台を蹄で叩いていた。
 いつでもいける、開始と同時に突進してお前をたたき出してやる、リザードにそうアピールしているようだ。
 対する色違いのリザードもいつでも来いと言うように尻尾の炎をいっそう大きく激しく燃やした。

「さあ、見合って、見合って」

 たっぷりと休憩をとり持ち直したのだろう。行司の声に張りが戻っていた。
 軍配団扇で石舞台をコンコンと叩くと行司が東西のポケモンとそのトレーナーを一瞥した。
 彼らは九十九になるかもしれないトレーナーとそのポケモン達だ。

「はじめえ!」

 威勢のよい声を張り上げる。
 軍配団扇が振り上げられた。



「コウスケ! 一体何していたのさ」
「そうじゃぞ。すごかったのに!」

 ツキミヤが戻ってくるなり、ナナクサとタイキは責めんばかりに言葉を浴びせた。

「仕方ないだろ。勝つためにはそれなりの準備ってものが必要なんだよ」

 そうツキミヤが答えると、いやいやそんなことはどうでもいいんだと口々に二人は言った。
 噴火に火炎放射、その他エトセトラ。大技のオンパレードで会場は大いに盛り上がったらしい。なんで見ておかなかったんだ。勿体無い。あんな迫力のあるバトルここ数年なかったよ。そんなことを彼らはしつこいほどに解説した。

「それで結果のほうは?」

 実際に取組を見ておらずじゃれらの興奮が伝播しないツキミヤは冷めた調子で尋ねる。

「ああ、それがのう。意外な結果になりおった」
「番狂わせだよコウスケ。勝ったのはリザードのほうだった。君と決勝で当たるのはあの色違いのリザードだ」