少年は空を見上げる。真昼の道半ば、肩の鷽が空を見て鳴いたからだ。
 遙か高くで鳥影が輪を描いている。少年は大きな鳥が晴れ渡った空を征くのを見た。それは大きな二又の尾の鳥、今朝旅立った故郷の鳥の成長した姿だった。
 そうして彼は気が付いた。向かう道の先から一人の旅人が歩いてくる事に。
 こんにちは。トレーナーが挨拶をした。そして少年に尋ねたのだった。
「ねえ君、もしかして君はエンビタウンから来たの?」
 少年は頷いた。
「ああ、やっぱりそうなんだね」
 トレーナーの顔に笑みが浮かぶ。彼女は嬉しそうに言った。
「さっきもね、鳥ポケモンを連れた子達とすれ違ったの。だからもしかしたらと思って」
 懐かしげにそう続ける。少年の肩の鷽を見て、空を見上げた。青い空には相変わらず二又尾の鳥影がある。
「そう、君が今年の鷽を引いた子なんだね」
 彼女は続ける。それで少年も何となくそれと察したのだった。
 この女性(ひと)はかつて故郷の神事で鷽を引いたのだ。三日前の自分と同じように。それと判ってからは打ち解けるのは早かった。
 ねえ、よかったらここらでお昼にしない? 彼女はそう提案した。
 いい時間だった。肩の鷽が尾羽を振った。歩き続けてお腹はぺこぺこだった。道を外れて、草原に座る。少年は母の持たせてくれたお弁当を開いた。彼女もまた持っていた包みを広げる。鳥影はまだ高く空にある。
「いいのよ。あの子はああしているのが好きなの」
 彼女はサンドイッチを頬張った。
「スピカって言うの。私はネーミングセンス無いから友達がつけてくれた」
 いい名前でしょ? そう言って、昔を語り始めた。
 かつて神事で鷽を引いた事、杉を三周し、故郷の友と旅に出た事を。
「私さ、本当は旅に出れるかも危なかったの。助けてもらってやっとだったんだ。だから旅立てた事、すごく嬉しかった。それに友達と一緒の旅は楽しかった。本当に楽しかった」
 けれど、友が三つ目のバッジを取った時、別れる決意をしたのだと彼女は続けた。
 それは自身がより先に進んでいくため、何より友と対等になるためだった、と。
「だからね、別れる時に誓ったの」
 誓った? 少年は尋ねる。
 ええ、そうよ。彼女は答える。
「バッジを八つ集めるまでは帰らない。エンビには絶対に戻らない」
 だってそうじゃないと、別れたあの子に顔向けできないもの。そう付け加えた。
「じゃあ、集めたんだね。今から帰るんだね」少年が尋ねる。
「そうよ」と、返事があった。
 上空ではまだ鳥影が輪を描いている。春の星の名を持つ彼女のパートナー、その目にはもう故郷が見えているはずだ。
 あの子にも、もう少しで会える。
 鳥影の主はそう呟いた。

 やがて、彼らは手を振って別れる。
 一人は旅路へ、一人は故郷へ。鷽を引いた彼らはそれぞれの道を行く。
 空が青い。どこまでもどこまでも晴れ渡っている。
 二又尾の鳥が輪を描きながら飛んでいく。