研究室の電話が鳴ったのは、窓の外が赤く染まり出した頃だった。
「おう、着いたか」
 受話器を取って私は言った。電話の掛け主は想像がついていたし、案の定、その通りだった。だから、出た瞬間に私はそう言ったのだった。
「ええ、さっき到着しました。今、エンビタウンのポケモンセンターです」
 受話器の向こうでそいつは答える。今年の春、研究室に新しく入ってきた学生だった。
「ん、そうか。十七時頃に神社から迎えがある。失礼の無いようにな」
 その点に関しては別段心配などしていなかったが、とりあえずそんな言葉をかける。すると、
「ええ、ご心配なく」と、返された。
『相変わらずかわいげの無い奴だねえ』
 横から割り込む声が聞こえたが、無視をする。
「ん、ん、分かった。レポートは終わってから一週間以内に出せよ。じゃあな。神主さんにはお前のほうからよろしく伝えてくれ」
 私はそう言うと、その学生――ツキミヤコウスケともう二、三言葉を交わした後に受話器を置いた。そして、
「……電話中は割り込むなと言ってるだろう」
 と、同居人に不満を漏らした。こいつは朝や昼間こそ大人しいのだが、夕刻が近づくと落ち着きがなくなってくる。交代が近いせいだろう。
『エンビタウンか。学生を行かせるのは久しぶりだね』
 同居人が言う。まったく、人の話を聞いているのか。追及するのも面倒なので、そうだなと、相槌を打つと、
『今年の鷽(うそ)≠引き当てるのは誰だろうねえ』
 と、彼は続けた。そうしてとうとうと語りが始まった。いつもの事だ。
『あそこは神事のやり方が変わって、同時に鷽の持つ意味も大きく変わった。それにまつわる新しいジンクスはこうだ』
 私にしか聞こえぬ声が頭に響く。
 私は椅子を立ち、流しのほうへ歩いていく。食器棚からマグカップを取り出して、豆を挽いた。コーヒーを入れるためだった。湯を注ぐ。香りと共に湯気が立ち昇る。机に戻り、椅子に座る。カップに口をつけると香ばしい苦みが広がった。背もたれに寄り掛かり、椅子をくるりと回転させる。部屋の中の木彫りの像が目に入った。
 右目を閉じ、左目を見開いたネイティオの像だ。
『いいかい、そもそも鷽替えの由緒と言うのは――――』
 同居人の語りはまだ続いている。
 ゆらゆらと湯気が昇っている。再びカップに口をつける。


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