5.

 バスのエンジンが小気味よい音を立て、南島の舗装道路を疾走する。
 二階部分がオープンになったバスの席は雲の流れる南国の空と風景を堪能し、トクサネ宇宙センターのロケット発射台を一望するにはよい場所だった。
 鉄骨の建造物にセットされたロケットが天に向かって先端を伸ばしている。待てないとでも言いたげだった。観光バスのガイドによれば次の打ち上げは一週間後だという。
 道の反対側を見れば海。マングローブの自生する海岸に穏やかに波が打ち寄せている。
 バスはまるで残りの距離をカウントするかのように、道路にそって植えられた高い椰子の木を次々に追い越してゆく。
 トクサネ南港につくまでのバスの間、二人の間にそれという会話はなかった。
 少女は相変わらず鶏頭を出したままだった。ピカチュウ程度を抱いて乗せるのならともかくとして、人並みに大きさのあるポケモンをボールから出したまま公共の乗り物に乗せるには追加料金がかかる。だからたいていのトレーナーはポケモンをしまって一人で乗車する。だが、アカリはお構いなしだった。たぶんそれは彼女にとって当たり前のことで、今までもずっとそうしてきたのだろうということが伺えた。
 バスガイドは彼らを見て少し不安そうな表情を浮かべていたが、アカリが何かのケースを開いて見せると納得して、彼女らを席に案内した。トシハルがちらりとケースの中身を覗くと、色とりどりの何かがキラリと光ったのがわかった。
「ねえねえ、あの子ってもしかして……」
「え、マジで」
「だってほら、あのバシャーモ」
 トシハルの後方の席でそんな会話が聞こえた。
 風がびゅうびゅうと遮って全部は聞き取れなかった。ただ彼女らが明らかにアカリのことを話しているのだと彼は理解した。
 まただ、と彼は思った。昨日の夕方からアカリと行動を共にしているが、妙に周りが騒がしい。そのことにトシハルは気が付いていた。

「契約は成立ね」
 灯台の下、なみのり用のポケモンを背に赤バンダナの少女は言った。
 トシハルは十分に納得した上で、彼女との渡航を決めた。
 波乗り用のポケモンを見て彼は納得した。これなら心配無い、と。外見で彼女を見くびりすぎていたと彼は恥じることになった。
 すぐにトクサネに渡ることにした。トクサネで一夜を明かして、朝に出発すれば良い。
 視線に気が付いたのは、夕日に染まる海を見ながら、トクサネ行きの船に揺られていた時だ。
 小さなポケモンを連れた少年、少女、それに船の乗組員、彼らがやけにアカリに視線を向けているのだ。最初トシハルは自分の顔に何かついているのかと思った。が、もちろんそんなことは無かった。
 一度トシハルはトレーナーらしき少女に妙なことを聞かれた。アカリと離れて自販機で飲み物を買っていたときのことだ。
「あの、アカリさんのマネージャーの方ですか」
 トシハルは怪訝な表情を浮かべた。意味がわからなかった。
「違うよ。そんなんじゃないよ」
 揺れる船の中、トシハルがそう答えると、じゃあ貴方はなんなのといった感じの反応を少女は見せた。
「あの……私、アカリさんのファンなんです。その、サインをお願いできないかなと思って」
 持っていた小さなノートを見せて彼女は言った。
 甲板で日の落ちる海を見ていたアカリにそれを伝えると、そういうのはやっていないから、と少し不機嫌そうに言われた。
 ははあなるほど、とトシハルは少しだけ理解した。おそらくコンテストのコーディネーターと同じようにポケモントレーナーにもファンがつくのだと。上司がコーディネーターにサインを貰ったと嬉しそうに話していたのを彼は思い出していた。
 先ほどアカリに見せられた「あのポケモン」を所持しているというだけで、並のトレーナーでないことは想像がついていた。きっとこの界隈じゃそれなりに有名なんだ。トシハルはそう思った。
 だが、それにしても、だ。それにしたって視線が多すぎやしないか、と彼は思う。
 トクサネの温泉宿で食事をしていたときもそうだった。

「そんなに食べるの?」
 トシハルが質問すると、浴衣を着た温泉あがりのアカリが当然だと言うように頷いた。目の前に並べられたのは地魚の船盛り、旬の食材をたっぷり煮込んだ鍋、大きな貝のバター焼き、魚の塩釜焼き、その他いろいろ。座敷部屋だったのをいいことに鶏頭だけでなく、オオスバメ、グラエナやライボルト、サーナイトまでも繰り出して、ずいぶんにぎやかな夕食となった。トシハルの隣で白い肌のサーナイトが上品に正座し、茶をすすっていた。
 だがその時もトシハルは周りの視線が気にかかった。派手にポケモンを出しているからでは無い、と思う。この温泉宿はそういうのに寛容で、だからアカリも選んだのだと話していたから。宿泊客である他のトレーナー達も問題のない範囲で、ポケモン達との食事を楽しんでいた。だから断じてポケモンを出していたからではないと彼は思う。
 アカリが席を立つと宴会場の人々の視線が動く。それどころか、宴会場の外から覗いている野次馬がいたようにも見えた。当のアカリは気に留める様子もなく、並べられた海の幸を白米片手に手当たりしだい口に運んでいたのだが……。
 この子には何かある。トシハルはもうそれに気が付いていた。

 バスが南端の港に到着した。
 終点になります、とガイドが言う。パラパラと客が降りていく。ほとんどの人々はトクサネ宇宙センターが目当てだったから、降車人数は少なかった。トシハル、アカリ、鶏頭は順番に狭い階段を下っていった。
 サイユウ行きの船が出る船着場を通り過ぎ、彼らは適当な場所を探した。人気が無く、適当に深い場所が最適だった。船のある場所でいきなりこれを出したら、波が立って迷惑になりかねなかった。それを知っていたから彼らは適当な場所を探していた。
 結局は一キロほど歩いただろうか。テトラポッドの積みあがった波の寄せる突端で、アカリはモンスターボールを開放した。
 見るのはもう二回目だったから、その中身はわかっていた。
 だが、昨日見たその衝撃がトシハルの中に蘇った。
 大きな何者かが海に飛び込み海面を叩いた音と共に水飛沫が上がって、羽を休めていたキャモメ達が一斉に飛び立った。ばたばたという羽音が周囲を包む。高い高い波が上がる。トシハル達の立つテトラポッドのすぐ下にまでそれは届いて、やがて黒い水跡を残し、引いた。
 シュゴォオオオッ!
 蒸気船が煙を噴くように、海に放たれた者が海水を吹き上げた。

「ホエルオー……!」
 彼女が繰り出したそれを見てトシハルは目を見開いた。
 灯台の後方に、巨大な、それはもう巨大なポケモンが浮かんでいた。
「ホエルオーのシロナガちゃんよ」
 灯台の下でその巨大なポケモンを背にアカリは仁王立ちし、腕を組んだ。フフンどうだ参ったかと言いたげに、不敵に彼女は笑った。
 彼女のボールから放たれたのは、うきくじらポケモン、ホエルオー。
 それはいままで見つかった中で最も大きいポケモン。
 その巨体の背中は人二人が乗るには十分な広さだった。このポケモンほど安定した波乗りポケモンをトシハルは他に思い浮かべることが出来なかった。
 それは彼にとって最も馴染みがあり、郷愁の念を思い起こさせるポケモンでもあった。
 同時に彼は思った。これはあの人から自分への皮肉かあてつけか何かじゃないのか、と。島で待っているであろうあの人の。
「……どうやら少々、君を見くびっていたみたいだ」
 見かけからアカリを判断していたと知ったトシハルは恥じ、そして詫びた。
 そうして正式にアカリに依頼をした。君に頼みたい。僕を島に連れて行って欲しい、と。

「それじゃあさっそく出発しましょうか」
 アカリが確認する。
「ああ、そうしよう」
 と、トシハルは答えた。
 アカリが別のボールを手に取る。
「レイランちゃん、出番よ」
 ボールが赤い光を吐いたかと思うと一匹の鳥ポケモンが現れた。
「レイランちゃん、悪いけどあそこまで連れてってくれるかしら」
 アカリが言う。出てきたのは一匹のオオスバメだった。
 黒と白をベースにした模様に、額や首まわり、しっぽの先を染める赤が美しいポケモンだ。
 レイランと呼ばれたオオスバメはテトラポッドに着地した。トシハルの前にぴょこぴょこと進み出ると、バッと左右の翼を広げて見せた。
「うわっ」
 一瞬驚いたトシハルだったが、レイランをよくよく見ると翼の中に何かがたくさん光っているのを発見した。
「リボン……?」
 会社の上司が語っていたコンテストトークから得た知識から察するにコンテストで貰ったものと思われる。レイランは「どう? すごいでしょ?」とでも言いたげに首を横にひねり、横目にトシハルをチラチラ見る。
「レイランのコレクションなのよ。初対面の人にはそうやって見せびらかすの。褒めてあげると喜ぶわ」
 アカリが解説する。
「そうなの? い、いやー、すごいなー。レイランは」
 トシハルがやや棒読みで褒めたにもかかわらず、レイランは満足したのかフンッと鼻息を荒くして満足げな表情を浮かべた。その表情はホエルオーを背に得意げな顔をしていたアカリにそっくりであった。
「さ、荷物をしっかり掴んで。レイランが乗せてくれるから」
 アカリが言った。
 ホエルオーの平均的体長は14メートル、もちろん高さだって4、5メートルある。うきくじらが浮かぶところまでキャリーバッグを持って泳いでいき、自力で登るのはとても無理だったからだ。
「こう?」
 トシハルは、キャリーバッグを両腕で抱えた。
 するとレイランが肩に飛び乗りぐわっとわしづかみにする。
「うわぁ!」
 トシハルは悲鳴を上げた。ばっさばっさとすぐ上から空を切る羽音が聞こえる。彼の身体が宙に浮いた。波のたゆたう海の上を通過して、青い陸地の上へ彼は下ろされる。ぶよん、という感触が足元から伝わってくる。
「あ、ありがとう、レイラン」
 トシハルはオオスバメに礼を言う。またレイランがフッと笑った。大きさのわりにずいぶんと力があるとトシハルは思った。
「私たちも行くよ」
 続いて、アカリとその荷物を抱えたバシャーモがホエルオーに飛び乗ってきた。
 さすが彼女の相棒とでも言うべきか。彼女が具体的な指示をせずとも、ちゃんと意図を理解しているらしい。
 ぶよんと鯨の背中に着地し、バシャーモはすっくと立った。その肩の上からアカリは遥か水平線を望む。行く先を指差してホエルオーに指示を出した。
「シロナガちゃん! 進路を南南東にとって!」
「オォオオオオーーー!」
 アカリの声に応え、うきくじらが吼えた。
 巨体が前のめりに揺れる。大きな鰭(ひれ)が海水をとらえ、ゆっくりと方向転換をはじめる。ぐるりと向き直り、水平線の向こう、南南東へと進路を定めた。
「フゲイ島へ向け、出発!」
 巨体が大海原へ漕ぎ出した。





少年の帰郷(4) / 目次 / 少年の帰郷(6)